
「数え年」とは何か?生まれた時を1歳とし、元日(1月1日)を迎えるごとに1歳ずつ年を加える日本に伝わる伝統的な年齢の数え方です。そして、昔ながらの七五三では「数え年」で行う風習があり、現代では「満年齢」つまり通常の年齢で行う家庭が多くなっています。
ではあなたなら、七五三は数え年、満年齢どちらでやりますか?ここではその判断材料を提供できるでしょう。そして、その根本原理はくどいようですが、「子どもの顔を思い浮かべる」です。
「数え年/満年齢どちらでやるの?」をテーマに取り上げている情報サイトなどでは、
どのタイミングでも正解ですよ
家族の都合に合わせていいですよ
なんてことが無責任に書いてあります。本当にそれで済む甘い話でしょうか?
七歳女の子のケース
では、「七歳女の子」のケースから見ていきましょう。まず彼女の状況を単純に整理すると、
数え年=保育園年長
満年齢=小学一年生
こうなりますね。
はい、あなたならどちらを選ぶかをイメージしてください。
統計によると、現代では「満年齢」を選ぶ家族が7割を超えるそうです。なぜか?
「体つきがしっかりして着物が似合う?」
「前歯が生え揃うのを待つ?」
「自立心がある頃だからぐずりにくい?」
「成長した娘の姿を見たい?」
理由としては、そのようなところでしょうか。おそらく情報サイトなどではそのような形でまとめられているかもしれません。
しかし、あなたは親としてもっと冷静に自分の子を見つめてください。そしてあなた自身がどうだったかも思い出してください。どうでしょうか?満年齢=小学一年生でやることのもっと根源的な「リスク」があるとは思いませんか?
もう少し、それぞれの特徴に踏み込んでみましょう。
数え年=保育園年長=無邪気、素直、親との距離が近い、幼さ
満年齢=小学一年生=恥ずかしさ、自我、自分の好み、冷め、拒絶
そう。たった一年の違いで、「人格」そのものが変わるのです。当たり前の話なのに、ほとんどの親が見過ごしている事実です。そして、「成長した娘」といった甘い幻想を抱く。しっかり現実を直視しましょう。満年齢7歳は「危険年齢」だ、というくらいの認識で丁度良いです。
極端な例です。
数え年7歳
親:「七五三で着物を着るよ」
娘:「わーい」
満年齢7歳
親:「七五三で着物を着るよ」
娘:「何で?」
わかりましたか?
前歯などよりも根源的かつ、生々しい現実の難しさがそこにはあるのです。仮に彼女が着物を着てカメラの前に立ってくれたとしましょう。しかし、その表情は一年前の彼女とは全く別人です。
「照れくさい、硬い、妙に力む、ぎこちない」
そこで親からの容赦ない一言。
「もっと笑って!」
娘の引きつった笑い。
「もっと自然に笑って!」
嫌になるに決まっています(笑)
こうして、7歳の七五三ヒステリーが幕を開けるのです。
七五三の時期に、試しに神社にこっそり行ってみてください。7歳の女の子が、「もう帰る!」そう叫んでいるのを容易に観察することができるでしょう。これは満7歳に限ったことではなく、年齢が上がって、大人になればなるほど、自我が芽生え、恥ずかしくなるものなんです。彼女が悪いのではありません。それを予期しない大人が悪いのです。
無理な幻想や期待を抱き、何の準備もせずに娘に無理強いしてはいけません。
ちなみにですが、カメラマンとしては「七五三ヒステリー」も一つの七五三風物詩だと思っています。
「うんうん、それでいい。絶対に思い出に残る」
くらいに、第三者視点で眺めています。
でも当事者は辛いでしょう。「どうしてこうなるの?」と思うでしょう。小学一年生になり、落ち着いたお姉ちゃんをイメージしたものが、完全拒否という斜め上の結果になるのですから。でも上述の通り、崩壊の理由はリスクを知らないで、甘い期待だけを抱き、予め良い流れや環境を用意しなかった大人の責任なのです。
じゃあ、どうすればいいの???
「数え7歳」でやるのが無難でしょう、これが一つの答えです。
(早生まれの場合は、数えだと年中なので年長になったら)
そもそも、本来は数え年でやっていた意味もわかるというものです。
つまり、「数え7歳」は彼女の「子どもの最後」なのです。
言うなれば、「天使」から「人間」になるちょうど境目が、「数え7歳」なのです。
七つ前は神の内
民俗学者、柳田国男の有名な言葉ですが、実際に7歳を観察していると、頷けるものがあります。
「数え7歳」は可愛いですよ。無邪気に着物を喜び、驚きをもって神社を眺め、力みのない純粋な眼差しでカメラのレンズを見つめてくれます。
「でも、でもそれでもみんな満7歳でやってるじゃない?」はい、でも、「みんなやってる」の意識は捨てて自分の子にとってどうするのがいいのかを優先してください。「満7歳でやらないで」と言うつもりは全くありません。むしろ成功すれば一番素晴らしいのが満7歳です。でもその前に、
数え年=御しやすい
満年齢=御しがたい
少なくともこのくらいの認識はもっておいて損はないでしょう。
では、いかに満7歳で七五三をするのか?
これが七五三フォークロアにとって根源的な問いになるでしょう。
「笑って!」などの付け焼き刃ではどうにもならないことはご理解いただけたと思います。そんな表面的なことではなく、もっと内面的なアプローチでないとダメです。
1.着物をいっしょに選ぶその時に、何となく好みで選ぶのではなく、歴史や風習、和の要素、どんな色がある、どんな和柄がある。その形式と意味など、着物をよく知り少しでも子どもに興味を持たせる。どうして着るのかをもっと深くわかってもらう。
2.母親の7歳の七五三写真を見せる。「ママの時はこうだったんだよ。そして今度はあなたなのよ」という、七五三が繰り返されてきたものであり、今あなたの番だということをしっかり語ってあげる。
3.七五三をしてほしいのならば、その気持ちを行動で表す。着物の肩上げをはじめ、あらゆる準備をするその手、その姿を子どもに見せる。
4.最終手段として、クラクラ写真室の「いってきます撮影」に活路を見出す。敢えて親は一歩下がり「いってらっしゃい」と言い、子どもにチャレンジさせる勇気を持つ。
上記のようなプロセスによって、結果的に満7歳の彼女を、「七五三をやらされる人」にしないこと、彼女自身も七五三の「引き受け」が起こるよう仕向けるということが最も重要なのであり、それが七五三の美しさであるとさえ言えるのです。これは単なる解決法というよりは、「七五三フォークロアそのもの」なのです。ですから是非、満7歳で七五三に是非挑んでいただきたいと思います。本当に美しいですよ。
ただ、ここまで書いてきて、思うのは、一番本質的なのは、何かを期待したり、成功することを願うよりも、仮に上手くいかなくても、失敗したとしても、そこで狼狽えない、それが子どもなのだと思える大人の余裕があるかどうか、つまり大人側にこそ必要な「引き受け」なのだと思います。
3歳女の子
3歳の場合は、7歳ほどの圧倒的な差は無いと言えるでしょう。
強いて言えば、
数え年=まだオムツをはいている可能性が高い
満年齢=オムツが外れている可能性が高い
という差になるわけですが、これはつまり「発達の度合い」の差として現れます。
例えば、「言葉」によるコミュニケーションはかなり満3歳のほうが上手になる。
それはつまり、こうしてほしいという写真が撮れる確率が高くなります。
毬を両手で持ってカメラを見る、という具体的なショットは満3歳のほうができるでしょう。
一方数え3歳は、言葉は未熟かもしれませんが、天使的な可愛らしさを誇ります。
もちろん満3歳も天使には違いないですが、数え3歳はさらなる無条件の、現実世界に初めて舞い降りた感のある、可愛らしさなのです。
ですから、ここは甲乙つけがたいですが、
数え年=御しがたい=でも写るだけでいい
満年齢=御しやすい=ちゃんと撮りやすい
ということになり、クラクラとしては満年齢を推しますが、数え年も捨てがたいという、ジレンマになりますので、迷っていただきたいなと思います。
5歳男の子
男の子は、女の子に比べて成長がゆっくりですから、ちょうど3歳女の子のケースと同じように考えて良いかと思います。
数え年=御しがたい=でも写るだけでいい=可愛らしい
満年齢=御しやすい=ちゃんと撮りやすい=男の子らしい
男の子は概して無邪気で自由で、ふざけて転んで自滅するというパターンになります。
親はそれを楽しむ余裕をもっていただきたい。
もちろんカメラマンはその子が自滅する前に、バシッと撮ろうと急ぐことになります。時間との勝負です。
そして男の子の場合は、一人っ子なのか、お姉ちゃんがいるのか、妹がいるのか、が重要なカギになりますので、これについては「兄弟姉妹の同時七五三」の回で詳しくお話できればと思っています。
ちなみに、3歳男の子でやる家族も最近増えてきていますが、問答無用で満年齢でやってください。数え年は2歳ですからその頃まだ男の子は赤ちゃんみたいなものです。
*以上は、クラクラの長年の経験による主観的かつ大雑把な解釈です。当然子どもによって性格も成長具合もそれぞれです。そしてそれを見極めるのはその子の親にしかできないことは言うまでもないことです。

